絣について

久留米絣
<日本の絣>

絣織りの技術は、インドで生れたと言われ、東南アジアや中国を経由して琉球に伝わりました。そしてそこから、日本全国に広がっていきました。

日本では、絣の歴史はそれほど古くありません。今でも織られている経緯絣(たてよこがすり)がの技法が一番栄えたのも、江戸時代から明治時代にかけて。

第二次世界大戦中は女性は着物を着るのを禁止されていたので、着物をもんぺに仕立て直してほんの少しのおしゃれを楽しんでいたそうです。
今でも絣といえばもんぺ、とイメージされる方が多いのはそのためではないかと思います。

戦後、日本は欧米化が進み、さらに絣を着る機会は減っていきました。今では着物や帯でしかみかけることがなくなってしまった絣。ルーツであるインドを通して、また日本人の手に戻ってきてほしい。そんな想いから絣庵は生れました。


<インドの絣>
インドでは、今でも多くの州で生きた伝統として絣が織られています。しかしそこは大国インド、一括りに絣と言っても、産地によってとても個性豊かなのです。

・オリッサ州
中でも今なお一番のおしゃれとして絣を着こなしているのが、オリッサ州の人々ではないかと思います。絣庵では、主にこのオリッサ州の絣「サンバルプリー」という絣布を扱っています。
色柄は本当にさまざま。町を歩いていても、同じ柄を着ている人はほとんど見かけることがないのです。
ンバルプールの市場にて
サンバルプリーとは「サンバルプール」という町の名前に由来しています。オリッサ州の州都ブバネシュワールやサンバルプールの町の中では、たくさんの絣専門店が並んでいて、結婚式のサリーを選ぶ人や、オーダーメイドでシャツを仕立てるために男性が一生懸命布を選んでいたりします。

伝統的な織り方として、「パッサパリー」というものがあります。パッサとはこちらの言葉でサイコロという意味。意味の通り、四角いサイコロを重ねたような柄が並んでいます。↓


「10年以上着てるわよ~」
男性はこんな感じでシャツにしたり、クルタという膝ほどまであるスリット入りの伝統的なスタイルに仕立てたりします。

笑顔が素敵なおじさま
白とピンクの矢絣


ほかにも以下の州で主に生産されています。これから少しずつUPしていく予定です!
・アンドラプラデーシュ州
・ラジャスターン州
・グジャラート州



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